【特集】会社を譲渡した経営者はどうなる?意外と知らないM&Aのその後を解説

中堅・中小企業の経営者の方にとって、自身の後継者を誰にするのかということは非常に悩ましい問題です。自身の子どもなど親族にするのか、それとも社内から選ぶのか。適当な後継者が周囲に見当たらないときに、M&Aによって会社の譲り渡しを検討することも増えてきました。
どんなアドバイザーにお願いすればいいのか、本当に譲り受けてくれる会社は現れるのか、従業員の雇用は守られるのか、お客さまにご迷惑がかからないかなど、不安なことが多数あるかと思います。
ところで、会社を譲り渡したあとの自身のことはイメージできているでしょうか。親族や社内から後継者を選んだときと比べて、M&A後のイメージがしにくいことが、譲り渡しという選択肢を躊躇する一因になっているようにも感じます。
ここでは、意外と知らないM&Aの経営者の「その後」について解説します。

1. 譲り渡し=引退という誤解

なぜM&Aは、「譲り渡し=引退」というイメージが強いのでしょうか。ここ数年で増加してきた中堅・中小企業のM&Aが、事業承継型であるからかもしれません。事業承継型のM&Aとは、経営者が高齢化している状況で、後継者として適切な候補を親族や社内から選ぶことができず、会社の譲り渡しによって社外から経営者を迎え入れるような形のM&Aです。すでに経営者が高齢であり、株主としてある程度まとまった対価も得られるため、引き継ぎを終えたらそのまま引退することを選ぶ方が多かったのでしょう。
しかし、会社を譲り渡した経営者は、必ず引退しなければならない訳ではありません。例えば数年間は会社に残ることを譲り渡しの条件にすることも可能ですし、譲り受け側の企業から会社に残り十分な引き継ぎ期間を確保することを条件として提示されることすらあり得ます。裏を返せば、引退目前の体力や気力の限界まで経営者を続けることを前提とする必要はないのです。
新型コロナウイルス感染症の例を持ち出さずとも、昨今の外部環境の変化のスピードは目まぐるしいものがあります。環境変化に適合し、会社が生き残っていくためには、新たな挑戦や事業の撤退など、会社を常に再構築することが必要です。残念ながら、生き物は加齢とともに変化を厭うようになることは周知のとおりです。会社を譲り渡しても引退せずに取り組めることがあれば、今までのイメージよりも早くから会社を譲り渡す選択肢の検討が開始できるのではないでしょうか。

2. 譲り渡し後の経営者が歩む道

ノウハウの承継

中堅・中小企業の経営者の仕事は膨大です。そのため、いつしかご自身が一番好きだった現場の仕事から離れてしまったと感じたことがあったのではないでしょうか。譲り渡した会社に一兵卒として残ることを決められたある経営者の方は「やっと資金繰りのことを忘れて自分の好きな技術開発に専念できるし、若手に教えることができる」とおっしゃっていたそうです。営業先との人間関係でも、精密な加工方法でも、秘伝の味でも構いません。自社を今まで支えてきた門外不出のノウハウを、譲り受け側の要請に応じて社内に伝えて、生き字引として生きていくのも悪くない選択肢ではないでしょうか。親族や社内に承継すると、つい口を出したくなるときもあるでしょうが、M&Aであれば新たな経営者は完全なる他人です。お互いに気を遣う分、むしろ親族・社内承継をするよりも、もめることは少ないかもしれません。

社外活動への注力

業歴の長い中堅・中小企業の経営者であれば、商工会議所や法人会などの地域でお役目があるという方もいるのではないでしょうか。親族や社内に承継した後に会長として会社に残り、社外活動に精を出す方も多いように思います。それでは、会社を譲り渡した場合は、社外活動をすることはできないのでしょうか。結論から言うと、そんなことはありません。譲り受け側と合意ができれば、譲り渡した会社に会長や顧問などの前経営者であることが分かる肩書で残り、地域など社外で引き続き重要な役割を果たすことが可能です。確かに今まではM&Aというと身売りにも似たイメージがあったかもしれませんが、すでにネガティブな印象を抱く人は少なくなっており、会社を譲り渡したからと言って発信力が無くなる訳ではありません。例えば、夕方のニュースがよく取材に訪れる、ある小規模スーパーマーケットの名物社長はまだ50代にも関わらず、大手スーパーの傘下入りを決めました。しかし、屋号もそのままで、相変わらず物価高について力強い発信を続けています。むしろ、譲り渡しの経緯を講演するなど、今まで以上に社外活動が増えるかもしれません。

譲り受け側のリソースを活用

実は会社の譲り渡しは、今まで取り組みたくてもできなかった事業戦略の実現に寄与することがあります。特に中小企業は経営リソースが十分ではなく、自社の強みを活かした事業の拡大や新規事業の展開に取り組みたくても、時間がかかったり、障害を乗り越えられなかったりすることがあるものです。しかし、自社より大きな譲り受け側企業の経営リソースを活用することで、これらの課題の解決ができます。経営者から一事業責任者となることが、むしろ製品やサービスを広く世の中に提供するという夢の実現への近道となることもあるのです。例えばスマートフォンのOSであるAndroidは、Googleに買収されなければiPhoneとシェアを二分するようなポジションを獲得することは難しかったでしょう。また、世間的知名度の高い会社に譲り渡すことで、採用面でも有利に働くことが考えられます。この相手側のリソース活用は、まだ体力・気力に余力があるうちに会社の譲り渡しを検討する理由の1つになり得ます。

3. 具体的なイメージを持って交渉を

会社の譲り渡しをしながら、引退せずに活躍を続ける「その後」のイメージができたでしょうか。譲り渡した後に、自身が何をしたいかということを明確にすることで、譲り受け候補探しの条件に盛り込むことができ、譲渡対価の金額を含めた交渉に持ち込むことができるようになります。アドバイザーや譲り受け側が何かを察して、譲り渡した後の活躍の方法を提案してくれる訳ではありません。また、条件を受け入れてもらうためには、受け入れてもなお譲り受けたいと思ってもらえるような魅力ある会社である必要があります。
人生100年時代の到来はすぐそこまできています。譲り渡した後の人生を引き続き充実したものにできるかどうかのカギは、譲り受け側選びにあるのかもしれません。

以上(2024年3月更新)
(執筆 株式会社浜銀総合研究所 主任コンサルタント 中小企業診断士 香川 和孝)

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