苦しい時期こそ地域社会への貢献を忘れずに~大川印刷 SDGsへの取り組みがもたらす価値とは~

1881年の創業当初から社会貢献の精神で事業を展開し、今や「中小企業SDGsのロールモデル」として名が挙がる株式会社大川印刷(神奈川県)。環境印刷や印刷工場の再エネ100%化をはじめ、女性や若手社員が旗揚げ役となって開催するSDGsの勉強会や専門家とのYouTube配信など、環境問題に対する新たな取り組みはメディアからも注目を集めています。

同社の取り組みはいかにして始まり、推進のモチベーションはどこにあるのか、また中小企業はどのように学び変革していくべきなのでしょうか。同社 社長の大川哲郎氏と、経営企画広報室の宮﨑紗矢香氏にお話を伺いました。(聞き手:千葉銀行 ビジネスポータル編集担当)

業績が苦しいときこそ社会課題解決に取り組む

大川社長はいつごろから社会課題に意識を向け、解決に取り組んでいるのでしょうか。

大川哲郎氏(以下、大川氏):2002年から横浜の青年会議所で、社会起業家の調査研究を担当していた関係で、早くから“本業を通じた社会課題解決”について学ぶ機会に恵まれました。これが原点になっています。そして2004年から当社でも実践すべく「ソーシャルプリンティングカンパニー®︎」というビジョンを掲げ、翌2005年に5代目社長の母から稼業を継ぎ、代表に就任しました。

当時はすでに環境負荷の低い印刷技術が出てきており、CSRの一部として取り組む会社はありましたが、社会課題解決を明確に打ち出している印刷会社はありませんでした。

代表就任以前からCSR活動に積極的に取り組まれていたのですね。

大川氏:就任時から、CSRの本筋は“本業を通じた社会課題解決”だと考えています。ですが、多くの企業がCSRを“企業の社会貢献”と訳してしまい、余裕があればやるが儲けには繋がらない事業というように、いわば思考停止状態に陥ってしまったと感じます。そのようななか、当社は余裕があるなかでCSRに取り組んできたのではなく、「苦しい時にこそ」社会課題解決に積極的に取り組んできました。

実際、バブル崩壊後には、売り上げがピーク時の半分近くまで減少するなど苦境に立たされました。事業展開を再考するなか「社会に必要とされる人と企業を目指せば事業が継続できる。地域や社会の課題解決、お客さまの課題解決に取り組むことが王道だ」と考え、本業を通じたCSR活動に取り組み続けました。それが、やがて他社との差別化に繋がって、ここまで当社は存続することができたと思っています。

お客さまの課題、そして社会課題解決こそが、企業の本分ということですね。

大川氏:そのとおりです。ただ、この課題解決に奉仕する精神は今に始まった事ではなく、明治14年の創業当初から受け継がれて来たものです。

これは130年前、明治27年の新聞に掲載された当社の広告です。

1891年7月29日「横浜貿易新聞」 大川印刷 広告

「いたずらに価格のみの競争をせざるは大川印刷」という標語を筆頭に、確かな信用を得ることが大切という「総て確実をもって江湖諸君に信用あるは」という言葉や、納期を守り抜くという「注文者に対し日限の違約なし」という言葉などが書かれています。

こうした、お客さまと社会を大切にしようとする姿勢が、当社のDNAとして現代に受け継がれています。

失敗から生まれた組織力強化に繋がる試み

SDGsに取り組む契機となったエピソードを教えてください。

大川氏:SDGsに照準をあてたのは2017年からです。それまでCSRを中心にした事業計画を策定していたので、SDGsを初めて知ったときは「当社がやってきた社会貢献活動が共通言語として整理された」と感じました。

SDGsを本格的に経営に取り入れはじめたきっかけは、2017年3月にサステナブル・ブランド国際会議に出席した際、国内外の先進企業の取り組み事例を目の当たりにしたことでした。すでにSDGsの大きな波が来ていると感じたことを、鮮明に覚えています。来期の経営計画は固まっていましたが、SDGsを盛り込んだ経営計画にしようと、急遽、つくり直すことを決めました。

当社の経営計画は、全従業員が議論しあった上で、自分たちの会社や生活の課題を盛り込む方法を採用しています。例年、3月決算で4月には経営計画を発表していますが、2017年度の経営計画は従業員に無理を言って3月下旬から議論を重ね、5月末に2ヵ月遅れで計画を発表しました。

ユニークな経営計画の立て方ですが、どのような背景から生まれたのでしょうか。

大川氏:私の苦い経験からです。父亡き後、専業主婦だった母が5代目に就任し、私は25歳から次期社長として仕事にあたっていましたが、当時はなかなか従業員と上手くいきませんでした。

どの経営者にも言えることですが、トップがすべての決定権を持っていると思い込んでいたからです。従業員も表では私の言葉によい返事をしながら、裏では快く思っていない――、そんな状態が続いていました。当時は、経営計画もひとりでつくって幹部に見せるだけでした。

なかなか従業員と想いを共有できない日々から、従業員からも意見を出せるように会議をワークショップ形式でやってみるなど、ひとつずつ工夫を重ねてきました。その延長線上で、経営計画も従業員との議論を通じて立てるようなスタイルを採っているのです。

今でこそ、このワークショップ形式の会議は定着していますが、開始当初は従業員からの発言が全くなく、会議として機能しなかったこともありました。お菓子と飲み物を用意してみたり、楽しい雰囲気のなかで言いたいことを言える環境を作っていきました。

SDGsを経営に導入する時にも、すでに経営計画について議論する土台ができていたのでスムーズに移行できました。

従業員と経営計画を議論するなかで、大川社長が意識していることはありますか。

私自身が肝に命じていることですが、「従業員を巻き込む」「従業員に浸透させる」という感覚ではなく、私自身の想いを「従業員にどのように共有、共感してもらい、行動に移してもらうか」が大切だと思っています。

「巻き込む」「浸透」といった言葉はポジティブに使われることが多いですが、どちらも上から下へ、一方通行のような印象があると思っています。大切なのは、同じ視点に立ちながら考えていくこと。その意味で、「共有」「共感」という言葉にこだわっています。

「人財」育成など長期的な視野に立ちSDGsを推進

SDGsの取り組みにあたり、どのようなことから始められたのでしょうか。

大川氏:これまでやってきた事業とゴールとの紐付けが、第一歩だったと思います。

その結果、実は17のゴールのすべてに対して、すでにクライアントとの協働や印刷物を提供することで関わっていることに気づきました。たとえば飢餓については国連WFP協会とも取引がありますし、神奈川県ユニセフ協会と連携し子どもの貧困や教育にも関わっています。

ただ、事業とゴールの紐付けはあくまでスタートでしかありません。それで満足せずに、SDGsの目的に沿って「2030年までの達成」に向けてのアクションを実行していくことが重要だと常々意識しています。

大川印刷様が取り組んでいるSDGsの取り組みの詳細についてお聞かせください。

大川氏:象徴的な事例のひとつに「川でつながる SDGs交流会」があります。

「川でつながるSDGs交流会」は、NPO法人 海の森・山の森事務局、そして当社が協同で開催している取り組みで、社内で積極的にSDGsの取り組みを推進する女子社員さんが継続的に司会を買って出てくれています。元々その社員さんは当社の経営計画の中核であるSDGsを推進するチームリーダーを3年間担当してくれ、当時、パートタイマーだった彼女が自らチームリーダーを志願して、チームを率いてきてくれました。その時、志願した理由は、経営計画の会議の中でSDGsがほとんど認知されていない状況を知り、子どもたちの将来を考えた時に「まずは知って行動しないといけない」と考えたからだそうです。そのような彼女が、定期的に外部の企業やNPOの代表と交流しながらこの交流会の運営に一役買ってくれています。

交流会では、企業・行政・NPO・市民など多様な方々が集い、持続可能な社会を考える場を提供していますが、ゲストスピーカーを招いたりして内容を変えながら、2021年7月には第16回を迎えました。
そのほか、2019年に「再生可能エネルギー100%」の工場を達成したのも、従業員主導の取り組みから始まっています。

2019年、印刷工場の再生可能エネルギー100%化を実現

再生可能エネルギー100%化はCO2削減の取り組みのひとつですね。

大川氏:はい、SDGsを推進する上で大きなテーマであるCO2削減に向けて大きく前進しました。当社では太陽光パネルによる自家発電と風力発電による電力を購入することで、再生エネルギー100%を達成。サプライチェーン排出量のスコープ1、2でゼロ化を実現しています。この印刷技術を、私たちは「CO2ゼロ印刷」と呼んでいます。

編集部注

  • スコープ1:事業者自らによる温室効果ガスの直接排出(燃料の燃焼、工業プロセス)
  • スコープ2:他社から供給された電気、熱・蒸気の使用に伴う間接排出
  • スコープ3:スコープ1、スコープ2以外の間接排出(事業者の活動に関連する他社の排出)

参考:環境省「サプライチェーン排出量算定をはじめる方へ」

現在は自社のCO2排出量を削減すると同時に、他社から調達した物品の製造時に排出されるCO2、自社が販売した製品の廃棄時に排出されるCO2も含む「スコープ3」で排出量をカウントするのが潮流です。その時に、燃料の燃焼(スコープ1)、電気の使用(スコープ2)でCO2ゼロ化を達成した大川印刷の印刷物を購入すると、お客さまにとってもCO2の排出が削減できることになります。

当社においてスコープ3は紙やインクなど、原材料の製造時におけるCO2削減ということになりますが、その点はまだゼロ化ができていません。2030年までに達成することを目標にしていますが、これはかなり野心的な取り組みです。

コロナ禍では、どのような取り組みをされていますか。

宮﨑紗矢香氏(以下、宮﨑氏):コロナ禍により従来とは別のアクション、とりわけオンラインを活用したSDGsの活動を模索しなければならない局面を迎えていると感じています。

そこで2020年からは、YouTubeを活用したライブ配信を行っています。これまでに、「NO MORE! SDGsウォッシュ」といったタイトルで継続的にライブ配信を行ってきました。「SDGsウォッシュ」という言葉は、中身が伴わない見せかけのSDGsの取り組みを意味します。

大川印刷が過去に実施してきた、YouTubeのライブ配信

そのほか、「フライデーズ・フォー・フューチャー」が“世界気候アクション”として開催するデモやマーチへも参加しています。2020年も私を含めた3人の社員が、国会議事堂前のアクションに参加しました。今すぐに行動を起こさなければという危機感から活動しており、大川印刷も一緒に行動するというスタンスを取っています。こうした活動も、本業の一環として“業務時間内”に行っています。

また社内で気候変動問題に関する意識にギャップがあったため、2月に社内勉強会を開催した際には、その様子がNHKのニュース番組「おはよう日本」で放送されたこともありました。

様々な活動をされるなかで、感じられる変化や成果はありましたか。

大川氏:SDGsの成果は後からじわじわ出てくるものですが、売上にも影響がありました。今はコロナ禍の影響で一時的に落ち込んでいますが、2019年度に過去最高の経常利益が出たときはESG関連の売上が大きく貢献しました。2021年6月現在も、毎日といってもよいくらいESG関連の問い合わせをいただいています。

他のところでは、人財面で成果がみられています。SDGsへの取り組みに共感する方が増えてきていますし、インターン生の申し込みも増加傾向です。SDGs活動のおかげで若い人たちが当社に関心を持ってくれるというのは非常にありがたいことです。全員採用はできなくても、インターンで当社の活動を知り社会に出るということが、今後の社会変革につながる可能性がある。それが真の成果だと思っています。

行動を起こすなら、課題山積の今をチャンスと捉える

これからのSDGsの取り組みで、大川社長の展望や目標をお聞かせください。

大川氏:これからの時代を切り拓く企業は、どのような姿勢で本業に臨むのが正しいかを模索し、変革していく必要があります。印刷業界全体でも脱炭素に向けたアクションが取れるよう、全国組織の業界団体でも取り組みが検討されていますし、環境印刷を進めてきた当社としては同業他社にも普及していくよう応援していきたいと思っています。

一方で、まだ答えの出ない部分ですが、右肩上がりの経済成長を前提にした事業は展開できないという考えもあります。我々が印刷するアイテム数や部数を際限なく増やすことが売り上げ拡大のベースだとすれば、それ自体を考え直さざるを得ない状況にあると思います。なぜなら、CO2ゼロ印刷と言っても環境に負荷はかけているからです。これはすべての業種業界に共通することです。

当社の2030年に向けた目標としては、スコープ3で示される脱炭素と、大川印刷の従業員とその家族が精神的、経済的に幸せになることを掲げています。

最後に、SDGsの取り組みを検討している中小企業の経営者へメッセージをお願いいたします。

大川氏:皆さま方も、気候危機に関連する気象災害などを身近に感じていると思います。企業が持続可能な経営をするには、まず地球が持続可能でなければなりません。

また、“人権”についても真剣に考えなければならない時代になりました。課題が山積するなか、どう経営の舵を取っていくのか、今が行動に出るチャンスと捉え活動してほしいです。

いま事業が継続できていることは社会と地域に必要とされている証しです。会社の規模が大きくないからと諦めず、自信と責任を持ってチャレンジを続けてほしいと思います。

一緒に頑張っていきましょう。

文:千葉銀行 ビジネスポータル編集担当

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