多様性を力に変える人的資本時代の経営戦略

公開日:2026年5月14日

近年、「ウェルビーイング経営」への関心が高まっています。
ウェルビーイングは、世界保健機関(WHO)憲章前文で「健康とは、病気でないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあること」と定義されています。(日本WHO協会訳)
企業経営においてウェルビーイングを重視することは、単なる福利厚生の充実にとどまりません。多様な人材が安心して力を発揮できる環境を整えることは、意思決定の質を高め、事業成長を持続させるための重要な経営基盤となります。本記事では、特にジェンダーや世代といった観点から、ウェルビーイング経営と多様性の関係を整理します。

経営の前提を「同質性」から「多様性」へ

これまで多くの企業では、安定成長を前提とした事業環境のもと、一体感や共通の価値観を重視し、同質性を前提としたマネジメントがおこなわれてきました。
しかし近年では、事業環境の変化が急速かつ複雑化しており、限られた視点や価値観だけでは適切な判断が難しい場面が増えています。
また、制度面でも変化が進んでいます。2021年のコーポレートガバナンス・コード改訂により、上場企業にはマネジメント層における多様性確保の状況開示が求められるようになりました。さらに2023年3月期決算からは、有価証券報告書において人的資本に関する情報開示が義務化し、「女性管理職比率」「男女賃金格差」「男性の育児休業取得率」は必須の開示項目とされています。
このような背景のもと、注目を集めているのがウェルビーイング経営です。多様な価値観や事情を尊重し、社員一人ひとりが活き活きと働ける環境を整えることが、企業の成長や競争力の向上につながるという考え方です。

多様性のある組織が企業にもたらすメリット

①女性活躍を経営課題として捉え直す

1986年の「男女雇用機会均等法」施行以降、育児・介護休業法の改正などを通じて、女性の就業継続を支える制度整備は進んできました。その結果、結婚や出産を機に就業率が低下し、その後再び上昇する「M字カーブ」は、一定程度解消されつつあります。
一方で、女性管理職比率が依然として一桁にとどまる企業も多く、意思決定層における女性の活躍は十分とは言えません。その背景には、個人の意欲や能力だけでなく、長時間労働を前提とした働き方や画一的な管理職像といった制度・慣行の影響も指摘されています。
2025年のジェンダー・ギャップ指数(GGI)においても、日本は148か国中118位と、G7諸国の中で最下位に位置しています。
では、女性を含む多様な人材が活躍できる環境を整えることは、企業にとってどのようなメリットがあるのでしょうか。
一つ目は「人材確保」の観点です。これまで応募者層が特定の属性に偏っていた職種であっても、採用要件や募集設計、現場の受け入れ体制を見直すことで、採用の選択肢が広がります。
二つ目は「顧客理解と事業機会の拡大」です。妊娠・出産・育児・介護・治療との両立、転居や資格の取得など、性別を問わず個人のライフイベントや状況は多様です。
こうした当事者視点を持つ人材が組織にいることで、商品・サービスの改善やマーケティング、制度設計の質が高まり、結果として顧客価値の向上につながります。

女性活躍を後押しする施策としては、企業の状況に応じてクオータ制を導入し、一定期間女性の比率や人数目標を定めるなど管理職登用の目標を明確にする手法も考えられます。
女性リーダーが実務経験を積める機会を確保し、ロールモデルから学ぶ場を増やすことで、社内に多様な働き方やキャリアのイメージが広がっていきます。

②ジェネレーション・ギャップを組織の強みに変える

多様性のもう一つの重要な側面が、世代間の違いです。近年入社する若手社員の多くは、幼少期からインターネットやスマートフォン、SNSが身近にある環境で育っており、情報へのアクセスやテクノロジーへの親和性が高い傾向があります。
一方で、多くの企業では、現在も経営や重要な意思決定を担っているのは、ITが本格的に普及する以前の時代に、現場での経験や人との直接的なやり取りを通じて事業を築いてきた世代が中心です。そのため、仕事の進め方や判断の拠り所に違いが生まれ、世代間で考え方や行動にギャップを感じる場面も見られます。
例えば、電話応対に慣れ親しんできた世代は、それを「社会人として身に付けるべき基本スキル」と捉えがちです。一方で、若手社員の中には、見知らぬ相手との電話応対経験が少なく、マナー研修だけでは不安や恐怖心が払拭できないケースも見られます。
こうした場面で重要なのは、「できて当然」と決めつけるのではなく、その背景を理解し、相手の目線に立った支援をおこなうことです。若手の行動には一見すると理解しづらい点があるかもしれませんが、その背景にはそれぞれ理由があります。法律整備等の厳格化によるパワーハラスメントに対する感度の違いや、オンライン授業の影響によるウェブ会議でのカメラオフ参加などはその一例です。
こうしたジェネレーション・ギャップを単なる「問題」と捉えるのではなく、環境変化を敏感に察知するセンサーとして活かすことが重要です。世代ごとの前提や強みをすり合わせることで、コミュニケーションの摩擦や手戻りが減り、意思決定や人材育成のスピード向上につながります。さらに、Z世代の視点を取り入れることで、顧客ニーズの変化やデジタル活用の潮流を早期に捉えられる点も、企業にとって大きなメリットです。

多様性を機能させるためのマネジメント改革

ここまで、ジェンダーや世代といった多様性を受け入れる重要性を整理してきました。ただし、多様性は「方針として掲げる」だけでは企業の強みにはなりません。価値観や事情の異なる人材が実際に力を発揮できるようにするためには、意思決定に潜む偏りを見直し、仕組みとして定着させる必要があります。
本章では、多様性を経営戦略として機能させるための手段として、「①意識改革による組織文化の変革」「②テクノロジーを活用したタレントマネジメント」の2つの視点からマネジメント改革の方向性を示します。

①アンコンシャスバイアスを取り除く

日本では長年、性別によって家庭内外の役割を分ける価値観が社会に根付いてきました。こうした背景は、本人に悪意がなくても「これが普通」「こうするのが自然」といった前提を生み、判断や運用が特定の型に偏る要因となります。
この無意識の思い込みは「アンコンシャスバイアス」と呼ばれます。問題は、偏りが存在すること自体ではなく、それが制度や日常の運用に組み込まれることで、特定の人にとって不利や参加障壁として表面化してしまう点にあります。
例えば、「研修は平日夜におこなうのが当然」「会議は長時間かけて結論を出すべきだ」といった前提は、育児・介護・通院などの事情を抱える人や、集中しやすい時間帯が異なる人にとって参加のハードルとなります。
重要なのは、自分にとっての当たり前が、他者にとっても当たり前とは限らないという前提に立つことです。違和感を覚える行動や意見に直面した際も、即座に否定するのではなく、その背景や条件を確認する姿勢が、マネジメントの出発点となります。

②テクノロジーを活用したタレントマネジメント

ジェンダーや世代間の違いへの対応を、個々の善意や現場努力だけに委ねてしまうと、運用は属人的になり、アンコンシャスバイアスが入り込む余地が残ります。こうした課題に有効なのが、人材マネジメント分野のDXとタレントマネジメントの活用です。
人事データを集約・可視化することで、共通の基準と事実に基づく意思決定が可能になります。給与・勤怠といった基礎情報に加え、職務経歴、スキル、評価、面談履歴、エンゲージメントなどを一元管理することで、配置・育成・評価の見直しに活かせます。
例えば、女性管理職比率や育成機会の偏りをデータで把握できれば、目標設定や候補者プールの形成、育成プログラムの設計を進めやすくなります。
タレントマネジメントの価値は、情報への即時アクセスだけではありません。判断の根拠をデータとして残し、評価・育成・配置のプロセスを再現性のある運用へと近づける点にあります。将来的には、対話型AIの活用により、面談時の質問例や育成計画のたたき台提示なども期待され、マネージャーの負荷軽減と人材活用の高度化が進むでしょう。

多様性を企業成長につなげるために

多様性の確保は、企業成長を加速させるための重要な経営テーマです。多様な視点や経験が掛け合わさることで、意思決定の質が高まり、新たな発想や改善が生まれやすくなります。
もちろん、運用の見直しやコミュニケーションの工夫など、取り組みの立ち上げ期には調整が必要になる場面もあります。しかし、そのプロセスで得られる気づきの積み重ねが、組織の学習を促し、強みとして定着していきます。
ウェルビーイングを起点に、一人ひとりが持てる力を発揮できる環境を整え、企業を新しい時代へとアップデートしていくこと。それこそが、多様性を力に変える組織づくりの道筋です。

参考文献

執筆:浜銀総合研究所

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