「社会的価値」と「経済的価値」を同時に高める経営戦略
公開日:2026年5月14日
気候変動や地政学リスクの高まり、貧困や労働問題など、企業活動を取り巻く社会課題は年々複雑化しています。こうした背景から、SDGsやESGといった考え方は、もはや一部の大企業だけのテーマではなく、中小企業にとっても無視できない経営課題となっています。
一方で、営利企業である以上、事業を継続・成長させるためには、安定的に利益を生み出し続けることが不可欠です。
では、社会課題への対応と収益性の確保をどのように両立させればよいのでしょうか。
本稿では、社会課題の解決と企業の成長を両立させる経営戦略について考えます。
社会課題への対応は「コスト」か「成長機会」か
CSVとは何か
社会的価値と経済的価値をどのように両立させるかという論点について、マイケル・ポーターが提唱した「共通価値の創造(CSV:Creating Shared Value)」という考え方は、多くの示唆を与えてくれます。CSVとは、社会のニーズや課題の解決に取り組むことで社会的価値を生み出し、その結果として企業の利益や成長といった経済的価値も同時に生まれるという考え方です。
ここでいう社会的価値とは、SDGsに代表されるような環境問題、健康、雇用、地域活性化といった社会課題の改善を指します。一方、経済的価値とは、売上や利益の拡大、コスト削減、生産性向上など、企業活動の成果として測定できる価値を意味します。
両立するために重要なのは、社会課題への取り組みを本業とは切り離された「付加的な活動」としておこなうのではなく、事業そのものの設計や提供価値の中核に組み込むことです。社会課題への対応が、顧客に選ばれる理由や競争力の源泉になってはじめて、CSVは経営戦略として機能します。
CSVとしばしば比較されるCSR(企業の社会的責任)は、寄付や支援など、企業が得た利益を社会に還元する「価値の再配分」としての側面が強い取り組みです。これに対しCSVは、社会課題の解決プロセスそのものを通じて新たな価値を創出し、それを競争優位につなげる成長戦略と位置づけられます。
フェアトレードの例にみるCSVの可能性
ここでは食料問題への取り組みを例に考えてみましょう。
食料を寄付する活動は、社会貢献として重要な役割を果たしますが、これはCSRに分類されます。一方で、栄養価の高い食品を安定的に生産・供給し、それを事業として継続できる仕組みを構築することはCSVの取り組みといえます。
マイケル・ポーターは、CSVとCSRの違いを説明する際に、CSRの取り組みとしてフェアトレードを例に挙げています。フェアトレードは、購入者側が価格プレミアムを支払うことで生産者を支援する仕組みであり、生産者の生活を守るという重要な役割を果たしてきました。ただしその効果は、市場の中で新たな価値が生み出されるというよりも、購入者が負担した価値を生産者へ配分する形に依存している面が大きいと指摘されています。
これに対してCSVでは、支援の方法が異なります。たとえば農家に対して、栽培技術の指導や生産プロセスの改善、品質向上に向けた投資をおこなうことで、生産性や付加価値そのものを高めていきます。単に高い価格で買い支えるのではなく、「より良いものを、より効率的に生み出せる状態」を一緒につくっていく考え方です。
その結果、生産者の所得は継続的に向上し、企業側も品質の安定や調達リスクの低減といった経済的なメリットを得ることができます。社会課題の解決がコストではなく、事業の成長につながっていく。このように、社会的価値と経済的価値が同じ方向に積み上がっていく状態こそが、CSVのめざす姿だといえます。
もちろん、CSRの取り組み自体が否定されるわけではありません。しかし、「寄付はコスト負担になるのではないか」「調達条件の見直しは利益を圧迫しないか」といった疑問が生じる場面も少なくありません。そうしたときにCSVの視点を取り入れることで、社会課題への対応を企業成長の機会として再定義することが可能になります。
CSVを経営戦略に落とし込む三つの視点
CSVを提唱したマイケル・ポーターは、その実現方法として「製品・市場の見直し」「バリューチェーンの再定義」「産業クラスターの創造」の三つのアプローチを示しています。
いずれも、社会課題への対応を「コスト」や「制約」として捉えるのではなく、競争力や成長につなげるための視点です。
アプローチ①製品・市場の見直し
まず「製品・市場の見直し」です。これは、社会課題への対応を起点に、自社が「何を」「誰に」提供するのかを再定義する取り組みです。既存商品の改良にとどまらず、社会課題の解決に資する新たな製品・サービスの設計や、これまで十分に対応できていなかった顧客層や地域へと事業領域を広げることを含みます。
たとえば食肉産業では、家畜由来の温室効果ガス排出が課題となっています。この課題に対し、植物由来食品や培養肉といった代替技術が開発されてきました。これは、環境問題という社会課題を起点に、「提供する製品そのもの」を再構想した代表的な例といえます。
こうした考え方は、中小企業にとっても決して特別なものではありません。「食品ロスの拡大に対し、これまで外食・業務用向けにしか使っていなかった規格外原料を活用し、家庭向けの簡易調理品として商品化することで、新たな消費市場を開拓する取り組み」や、「人手不足の深刻化に対し、これまで自社工場向けに蓄積してきた生産ラインの自動化技術や工程改善ノウハウを、中小企業向けのパッケージ商品として提供し、新たな顧客層へ展開する取り組み」等が考えられます。既存の技術やノウハウを活かしながら事業の軸を再定義する余地は多くの企業にあります。
製品、すなわち「何を提供するか」と、市場、すなわち「誰に提供するか」は切り離して考えることはできません。CSVの視点では、この二つを一体として捉え、社会課題を起点に事業機会そのものを見直していくことが重要になります。
アプローチ②バリューチェーンの再定義
二つ目は「バリューチェーンの再定義」です。バリューチェーンとは、調達、製造、物流、販売、アフターサービスといった企業活動を工程ごとに分解し、どこでどのような価値が生み出されているのかを整理する枠組みです。この視点を用いることで、自社の事業活動が、環境負荷や労働条件、製品廃棄といった社会課題と、どの工程で結び付いているのかを把握できます。
最初のステップは、自社の各工程が社会に与えている負の影響を洗い出し、可能な範囲で低減することです。そのうえで、社会課題への対応が、単なるコスト増ではなく、生産性の向上や顧客価値の創出につながり得るかを検討します。
たとえば、バリューチェーンの中でも「アフターサービス」に位置付けられる製品の廃棄や消耗品の処理は、従来コスト要因として扱われがちでした。しかし、使用済み製品の回収・再資源化や、消耗品の定期回収サービスを組み合わせることで、廃棄工程そのものを顧客との継続的な接点に変えることができます。結果として、廃棄コストの削減に加え、追加提案の機会創出や長期的な関係構築といった経済的価値が生まれます。単なる環境対応に見える取り組みが、「販売後の工程を自社の強みが発揮できる領域に変える」ことで、競争力へと姿を変えるわけです。
このようにバリューチェーンを棚卸しすることで、「社会課題との接点がある工程」が明確になります。包装資材の軽量化や再利用といった取り組みも、調達や物流の工程を見直すことで、環境負荷の低減とコスト削減を同時に実現できる典型的な例といえるでしょう。
アプローチ③産業クラスターの創造
三つ目は「産業クラスターの創造」です。産業クラスターとは、企業、サプライヤー、大学や研究機関、自治体などが一定の地域に集まり、知的資産やインフラを共有することで、産業全体の生産性や競争力を高めていく考え方を指します。
「クラスター」という言葉から大がかりな構想を想像するかもしれませんが、実務ではもっと身近なところから始まります。このアプローチで重要なことは、自社の中だけで完結させるのではなく、地域や外部との関係性、つまり「誰と、どんな基盤を築いていくか」という視点です。
神奈川県内でも、製造業を中心に企業と大学、支援機関が連携する取り組みが各地で進んでおり、決して特別な話ではありません。こうしたつながりが生まれると、調達先や外注先の選択肢が広がり、情報収集にかかる手間やコストも抑えやすくなります。さらに、大学や研究機関との接点を通じて新しい技術や知見に触れる機会が増え、人材の確保や育成にも波及していきます。自社単独では難しい領域にアクセスできること自体が、中小企業にとって大きな経営メリットになります。
とはいえ、中小企業がみずから主導してクラスターを形成する必要はありません。現実的な第一歩は、地域の研究会、実証事業、共同プロジェクトなど、すでに存在する枠組みに参加し、自社の技術や強みを持ち寄ることです。こうした場では、自治体や支援機関に加え、金融機関がハブとなって企業同士や研究機関との橋渡しを担うケースも少なくありません。外部との連携に関わる中で、地域の中での自社の役割が見えてくると、新たな事業機会や競争力の強化へとつながりやすくなります。
事業領域の再検討とコア・コンピタンス
三つのアプローチから見えてくる課題や機会のすべてに取り組む必要はありません。CSVを経営戦略として機能させるには、「自社だからこそ取り組むべきテーマ」を選び取ることが重要です。
その判断軸となるのがコア・コンピタンスです。コア・コンピタンスとは、「顧客にとって重要な価値を生む」「他社が模倣しにくい」「多様な市場へ展開可能」という三要件を満たす強みを指します。社会課題への対応を検討する際には、「社会的に重要か」だけでなく、「自社の強みを最も活かせるか」「競争優位につながるか」という観点で絞り込むことが重要です。
この選別を経てはじめて、CSVは理念ではなく、投資判断や事業計画に落とし込める“実行可能な経営戦略”になります。自社の強みと社会課題の接点を見極め、勝てる形に設計し直す。そのプロセスこそが、CSVを成果につなげる要諦といえるでしょう。
社会のニーズや課題を企業の成長機会へ
本稿では、社会課題の解決と経済的価値の両立を、CSV(共通価値の創造)という考え方を通じて整理しました。CSVの本質は、社会のニーズや課題に向き合うことを、企業の成長機会へと転換する点にあります。
社会課題への対応を事業の中核に組み込み、顧客への価値提供を磨くことで、売上拡大やコスト最適化、さらには競合との差別化へとつなげることができるのです。
参考文献
- 公益財団法人人権教育啓発推進センター「企業におけるCSR・人権に関する取組事例ビデオ 取組概要とポイント」
執筆:浜銀総合研究所
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